犬のこと ②「ボク」

「ボク」は雑種の中型犬だった。名前からもわかるようにオスである。

家の前でいつも家族を守ってくれていた。知っている人が通っても決して吠えないが、知らない人が通ると通り過ぎるまで吠えていた。郵便屋さんや近所のおばちゃんや私の友達には吠えない。押し売りには吠える。
父の帰宅はどうして分かるんだろうというぐらい早くからしっぽを振って、いつもしばらくすると父は帰ってきた。するともうちぎれんばかりに尾を振る。

散歩は、小学校高学年になっていた私と行くことが多かった。
時には遠出をした。私は自転車に乗り、ボクはその横を走る。もちろん綱でつながっているが、引っ張りすぎたり、途中自分の用事で勝手に止まったりすることなく、ボクは上手に伴走できる犬だった。

たまには家族みんなで自転車で遠出することもあった。
ある日は四国の田舎からおばあちゃんが来ている時に遠出した。
祖母と母と私と妹、そしてボク。
自転車の順番は私とボク、そして妹、母、最後におばあちゃん。
自分の用事で勝手に止まらないボクだったが、この日は違った。曲がり角に差し掛かるとボクは自ら止まって後ろを見る。最後尾のおばあちゃんがちゃんとついてくるのを見ると走り出す。
群が一体となって行動できているか、遅れてついて来れない個体はないか確認して前に進んでいたのである。私はそれがわかって彼を尊敬した。リーダー犬としての素養がある犬だった。

そして彼は自分の遺伝子を残すことにも情熱を燃やした。
そのころ私は中学生になっていたが、ボクがバス停近くにあるうどん屋スピッツ犬チビに恋していたのを知っていた。散歩に行くたびに、そこを通ろうとしたし、チビの匂いを嗅ぎたがったし、チビを見つけると父の帰宅の時より激しくしっぽを振った。
ある夜、彼は決行した。
自分と小屋とをつなぐ太い強いゴムの紐を噛み切り脱走を成功させた。チビのもとに行ったのは言うまでもない。夜中のことだったので私に詳細はわからないが、行ったのは間違いない。朝方、彼は腰を抜かし帰ってきた。後ろ足は立てない状態で前足2本だけで引きずるようにして帰ってきた。
後で母から聞いた。
ボクはやっぱりチビのもとに向かい、こっそりうどん屋の庭に侵入し、チビと愛を交わしあった。そこでうどん屋のおっちゃんに気づかれ、つながってる真っ最中のときに棒で腰辺りを叩かれたのだ。離れるまで。もちろんチビは叩かれていない。そしてボクは這いつくばって時間をかけて我が家の玄関先まで帰ってきたのである。

しかし願えば叶うものである。
彼の遺伝子は未来へとつながった。チビは妊娠し、数カ月後5匹もかわいい子犬を産んだということを私は知る。うどん屋のおっちゃん家族は全てを受け入れ、この子犬たちのそれぞれの暮らす先を見つけてくれた。
そしてボクの腰もやがて治り、私や家族とまた楽しく散歩したり遠出したりできるようになったのである。

ボクは強くて賢い犬だった。